夜になっても、達は宿屋を動けなかった。


王立研究院の人が気を利かせて、博士が戻ったら使いを出してくれると言っていたのにまだ来ないからだ。
それは博士がまだ戻っていない事を示している。




「…来ないね」

「…来ませんね」

「…来ないわね」




三人は溜息を吐く。


それ程先を急いでるわけではないが、いつまで待ってれば良いかわからないと言うのも少し不安になる。
せめて今日中に戻るのかどうかだけでも知りたかった。




「オレ少し街の中見てくる」
「あまり遅くならないようにね。ああ、テネブラエは残って頂戴。貴方ならの所へすぐ行けるでしょう?」
「連絡係ですか。仕方ありませんね。様お気をつけて」




はミュウと一緒に夜の街へと出て行った。


























城下町は夜になっても賑やかさを絶やさず、まだあちらこちらで灯が点いている。
店を覗きながら歩いていると路地裏からヒソヒソ話し声が聞こえてくるので、足を止めた。






「…で…が」

「…ああ…。これで…」

「……憎き…マ…」






何を言っているのかが全然よく聞こえない。

つい体を前のめりにしてしまうと、足元にあったゴミ袋に気付かずそのまま躓いてしまう。
転びはしなかったが、大きな音が出てしまい話をしていた二人に気付かれる。







「誰だ!!」




「…やべ…どこか隠れる所……っ!!?」






背後から口元を押さえられ、体を引かれる。
いきなりのことで逆らうことさえ出来なかった。





























路地裏で話し込んでいた二人の男の背後に詰め寄るように足音が響いた。






「……君達、そこで何してるのかな?」




「…ひぃっ!!さ…さささサレ様…」



冷たい瞳で見下すサレに男達は怯える。




「な、なんでもありません」
「へへへ…それじゃあ失礼します!!」





脱兎の勢いで逃げ出す男達。

完全に姿が見えなくなってから、サレは声を発する。








「もういいよ」






「…あたたた…頭打った」



頭を擦りながら出てきたのはだった。


先程、サレに急に引っ張り込まれそのまま頭を地面に打ち付けたのだ。
まあ結果はどうであれ、サレはを助けてくれたことになる。






「…今の、何?」




けれど最初の印象が悪すぎて、素直なでも流石に礼が出てこない。




「この街は多いんだよ。頭の固い奴等がね。ヒューマだガジュマだって馬鹿みたい」


溜息交じりにそう言うサレ。
しかし何故、サレが此処にいるのか。


は思い切って尋ねてみた。





「なんで此処にいるんだ?」
「面倒くさいけど、仕事でね。魔物がしょっちゅう出てくるもんだから見回り」
「フーン…」




会話がそれ以上続かない。


居づらくなり、はさっさと立ち去ろうとサレの横をすり抜けようとする。




その時、ガッと腕を掴れた。





「な、なんだよ?!」
「……なんでも?取り合えず君、抜けてるみたいだから一人で出歩くなって言っておこうかなと思って」
「……!あーそうですか!!」




カチンと来たその一言に、は腕を振り払い宿屋へ戻る道を行く。

サレはその後姿をじっと見ていたが、いきなりが足を止めた。





「一応助かったからな、礼は言ってやる!―――サンキュっ!」




それだけ言うと今度は全速力で走り出した。






まさかあの状況で礼を言われると思っていなかったサレは目を白黒させて、やがては笑い出した。





「…ククク…。何あの子……」





























宿に戻る道の途中、目の前にテネブラエが現れた。


様。ハロルド博士が戻られたようです。ジェイとリフィルさんは先に研究院へ行かれましたよ」
「え、ホント!?よっしゃ、じゃあオレ達も行こう」




踵を返し、研究院へと向かう。












「ジェイ、リフィルさん!」
「丁度良いタイミングね。今ハロルド博士を呼んでもらってるところよ」
「当の本人がいないままじゃ話が進められませんからね」







通された部屋は辺りにレポート用紙の束があったり、使いかけの研究器具があちらこちらに散らばっていたりした。
この部屋の持主がズボラなのか、それとも片付ける暇が無い程の多忙なのか。
どちらにせよ、中で待たされている側としては居辛い場所である。



待つ事数分、廊下をカツカツと歩くヒールの音がした。

その足音は達がいる部屋の前で止まり、ガチャっとドアを開けた。





「お待たせ!私がハロルド・ベルセリオスよん」





現れたのはいろんな意味で目を引く女性。
寝癖だらけの頭、白衣の下は奇抜なファッション。
だが、化粧が施されている顔は童顔なのだろうか幼く見える。




「あ、貴女が…ハロルド・ベルセリオス博士…?」
「そーよ。あんた等ジェイドの紹介で来たんでしょ?」
「は、はい。ハロルド博士なら
「STOP!」…へ?」


「“博士”と敬語は無しね。あんた等別に此処の研究員じゃないんだから気使う事無いでしょ」
「わ、わかった……」





独特のペースを持った人物に、多少振り回されつつあるがなんとか一行は話を進めることが出来た。




「フーン、これが各遺跡にあった石版ねえ。それと、元・ディセンダーと名乗る一味…」


ハロルドはの持っていた石版を手に取るとマジマジと眺める。
何故かリフィルまでもが真剣に石版を見入っていた。



「…おお、これが石版か…。不思議な材質…難解な文字…興味深い」


「また豹変してますね…」
「雷のモニュメントに居た時と同じだ…」





ハロルドは石版を置き、をじっと見た。


「な、何?」

「私専門は魔化学と生物学なのよね。でもジェイドが敢えて私に言ってきたってことは、目的は別にあるのよ」
「え?」



ガシっとの腕を掴むと、素早く取り出した注射器を刺した。
驚いて、抵抗しようとしただったが目の前の景色がすぐに揺れ始めそのまま床にダイブすることになった。





さん!?!」
「何をするんです!?」



ミュウとジェイの声が上がる中気にせず、ハロルドはを引き摺りながら部屋を出て行く。



「一晩借りるわよ〜v大丈夫、悪いようにはしないから」


抵抗する力も無いはそのまま黙って引き摺られていった………























しばらくして、が目を覚ますと宿に戻っていた。
自分で帰ってきた記憶は無い、と言うよりハロルドに妙な薬をうたれてからの記憶が一切無かった。
体中を確かめるが、別に変わったことは無い。

取り合えず状況を確認しようとジェイを探した。




「ジェイ!」



「お目覚めですか、おはようございます」


「おはよう……じゃなくて!オレ昨日どーなったの!?」
「ハロルドさんに連れて行かれて、二時間後位に解放されましたよ。それで僕達で連れて戻ったと言うわけです」
「……オレ何で連れてかれたの?」
さんのマナを調べてたみたいですね。どれ程僕らが持っているものと違うのか比べてたみたいです」
「……それだけ?」
「そうですが」




ジェイの言葉に、ホッと一息つきその場に崩れ落ちる。
てっきり人体実験でもされていたんじゃないかとヒヤヒヤしたものだ。

勿論そんなこと昨日会ったばかりの人間がするとは思えないが、ハロルドと言う人物の人間性が昨日で思い知らされた為信用は出来なかった。



「まだ、朝早いですし寝てても良いですよ」
「…そうする。なんかどっと疲れた…」





フラフラと部屋に戻る
完全にの気配が遠ざかったのを確認すると、ジェイは溜息を吐いた。







「……本当にそれだけだったんですがね」





ごそりと取り出した、一つの石版。
昨日ハロルドが、持って行ったものだ。
これはマナが結晶体となって出来たものと聞いていた為、一応これも調べてくれたらしい。

返してもらった時、ハロルドから検査結果も聞いた。














『あの子、本当に純度の高いマナを持ってるわね』

『僕らとは比べ物にならない、くらいですかね』

『むしろ、過去を遡ってもあの子程の純粋なマナは見つからないわよ。あるとすれば…大樹カーラーンがあった時代まで戻ればかしら』

『…そんなに昔?!何故さんがそれ程のマナを…』

『後、この石版もアイツと同じマナで出来てるわ。コレ、精霊呼び出す時に使ったんでしょ?』

『ええ…。雷の精霊ヴォルトがいるモニュメントの床にこれと同じくぼみがありまして…』

『だとすると、は人間より精霊に近い存在とも言えるわね。だって人間とはマナの性質が違いすぎるもの』

『…っ…』

『他に例が無いから比べようが無いけど。ただ少し心配なのは体を構成するマナが減ることね』

『どうなるんですか…?』

『今はまだ全然大丈夫だけれど、もしこの先マナを解放するなんてことあったら……存在が消滅する可能性もある』

『!!』

『あくまで、可能性ね。そんな事態が早々あるわけないし。普通に生活してりゃあ減る事なんて無いわ』

『…普通に…ね』














ジェイはその言葉を聞いても安心が出来なかった。



“普通”と言う定義が自分達とでは違うような気がしたから。


これから先、どうしても特殊な道を歩まなければならない


けれど、彼に伝えたところでどうすれば良いのか皆目検討もつかない。
むしろ、彼の行動の妨げになるかもしれない。



ジェイはどうしようも出来ない自分を不甲斐なく思い、手の平を握り締めた。